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朝鮮戦争って、終わっていなかったのだ

建設メディア顧問
マスコミ人OB会福島ペンクラブ会長
元福島民報専務・編集局長 星一男氏
星一男氏

 9月9日、APEC(アジア・太平洋経済協力会議)でブッシュ米大統領と慮韓国大統領が会談した後の記者会見で、ブッシュ大統領が「朝鮮戦争の終結を希望する。平和条約を結べるかどうか、はキム・ジョンイルさん次第だ」と発言した。“なに!朝鮮戦争だと?”と思った向きが相当いたと思う。実は1950年(昭和25年)6月25日に勃発した朝鮮戦争は形の上ではまだ終わっていなかったのだ。砲火か止んだのは3年後の7月。それは講和条約ではなくて、単なる休戦協定によってである。しかもこの協定は北朝鮮・中国と国連軍との間で調印されたが、当の韓国は拒否したままなのだ。

 当時の記憶を巻き戻してみる。昭和25年、筆者が大学に入学した年だ。6月25日未明、北緯38度の南北境界線を戦車部隊を中核にした朝鮮人民軍が越境し南下、韓国軍と全面的な戦争状態に入った。北側の鋭い進撃でたちまち首都ソウルが占領され、一気に釜山まで迫る勢いだった。びっくりした国連安保理は7月7日、ソ連が欠席する中で「韓国防衛の国連軍の設置、戦線への派遣」を決め、国連軍(アメリカ軍)・韓国軍と朝鮮人民軍の戦争と化した。9月15日、国連軍はソウル外港の仁川に上陸、北朝鮮の戦線を分断する形で北上し、北の首都平壌を占領した。ここで満を持していた中国が参戦。鴨緑江を渡った中国人民解放軍が北を支援して12月5平壌を奪い返した。以後、38度線を挟んで一進一退の膠着状態となった。翌51年6月、ソ連の国連代表マリクの提案で朝鮮休戦会議が開かれ、丸2年かけた末、53年7月27日に北朝鮮・中国と国連軍が休戦協定に調印した。しかし国土の大半が荒れ果てた韓国は休戦を拒否した。つまり朝鮮戦争は終結ではなく休戦状態で、一方が休戦を止めれば、また戦火が交わる。そうした状態のまま、54年が過ぎた。

 そこに、まるで亡霊が現れたようなブッシュ発言である。“何で今更”と思うようなこの発言にブッシュ流の意図が隠されている。大紋領の任期があと1年半になって、ブッシュ大統領はイラクがどうにもならず、外交での得点はゼロ、失点の方が多くて崖っぷちに立っている。そこで起死回生のホームランは北朝鮮の非核化実現しかない。北と平和条約を結ぶには金正日主席に「核兵器を作らず持たず」を約束させることが必要。そこで、平和条約を餌に金主席を釣り上げよう、という魂胆と見た。日本の拉致問題は外交辞令で「拉致問題は忘れない」というが、彼の本音は北朝鮮の非核化にしかないのだ。(2007・9・15)


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