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いま、合併を語る
〜(株)蒲生工業・蒲生康博社長〜

合併に向け現在の心境を語る蒲生社長(滝根町本社で)
合併に向け現在の心境を語る蒲生社長(滝根町本社で)
 「このまま、あとずさりはできない。かといって、このまま突き進むことも容易ではない。その間で決断した選択肢は『合併』という選択肢しかなかった」と語る蒲生工業の蒲生康博社長。3月31日の合併まで半月と迫ったある日、滝根町の本社で蒲生社長は、来るその日に向かって建設業と会社の明日を重ねて話した。
 昭和31年9月に組織化して50年、創業から数えて62年目の早春、合併という決断を選んだのは紛れもなく「安定した経営」の確保である。社員65名とその家族を支える責任の重さを十二分にわかるからこそ受け止めた現実である。合併後も技術職30数名は新しい会社が引き継ぐが、現場と事務職が若干だが蒲生工業の歴史と共に社を去る。合併の相手である小野町の秋田組も事情はほぼ同じである。県が発注する公共事業費は平成7年をピークに、現在はその半分まで落ち込んだ。体力のあるうちにと昨年秋頃から、秋田組の秋田佳一社長と話しを進めた。それと相俟って田村5町村の合併で「田村市」が誕生した。これまで秋田は田村郡内で完工高1位、蒲生は2位の実績だ。両社は町村工事より、県や国の工事で実績を伸ばしてきたが、「郡内の業者にはそれほど影響はないはずだが、何か驚異に感じている会社もあり、こちらの方がむしろ困惑している」と言う。新生・秋田蒲生工業の最大のライバルは、旧田村郡の同業者ではなく郡山市、現二本松市、安達郡内の同業者や大手ゼネコンである。



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