INDEX ≫ 1page

市民が求める市庁舎とは何か!


  完全閉鎖してから1ヶ月足らずのさくら野百貨店。福島駅を中心に人が流れたルートも完全に消え、さくら野“界隈”は昔の寂しさに戻った。夕闇に巨大空きビルが浮かび上がる様は絶句に尽きる。福島商工会議所が中心となって何とか空洞化に歯止めをかけようと関係者のさくら野"界隈"は昔の寂しさに戻った市役所入居署名活動は目標の2倍にあたる6万人を突破した。何とか市民の声を市と議会にけようと躍起だが、どれだけの署名が集まれば市と議会が動くのかは計り知れない。瀬戸市長は当初から現計画を推し進めると表明し、議会もその計画を後押しする形で落着した。その後、大きな動きがないまま空きビルは静かに裁定を待ち続けている。
  さくら野百貨店跡に市役所を入居させる案もこの経済状況下では否定できない。佐藤勝三福島商工会議所会頭の積極的な活動は市民に行政参加を強く意識させ、“対岸の火事”を決めつけてきた市民ひとり一人にマチの再生は市民の手に委ねられていることを再認識させた。

  市役所の入居が実現するかしないかは別の問題として、福島市の「顔」と言えばそれは“市役所”であり、県の顔と言えば“県庁”である。顔はその人の歴史であり風格である。現在の市役所もそれなりの歴史と風格を漂わせ、福島市の姿が想像できる。人はまず、そのマチを知りたいときは役所を訪ねる。その顔が活き活きとしていれば会えてうれしくなり、住んでも見たくもなる。
  ある友人は、この「論争」の火種はもともと歴代市長の責任の無さにあるという。すでに河原田、吉田市長の時代から論じられてきたが、「現在地でなければならない」というはっきりとしたコンセプトを市は持っていない。「前の市長がそう決めたのだから、それでいい」という考えを受け継いできた結果、この騒ぎを引き起こしている。歴代市長が「市民が求める市庁舎とは何か」をはっきりと捉えてくれば、市民は現在の計画にうろたえるはずがない。中央の設計事務所や建設業者を頼りに短期間で青写真を描いても、出来上がりはどこにでもある“金太郎飴”に過ぎない。それなら「さくら野跡でもいいじゃないか」という声があがるのである。

  「福島に100年経ってもすごい市役所があるから見学して来よう」という建造物であって欲しい。別の友人は「中国から石と石職人を連れてきて、100年と言わずに500年も変わらない石造りの市役所を造って欲しい」との声もあがる。山形市や盛岡市には歴史と風格のある建造物が市内のあちこちで観光地となっているが、福島市にはそうした建造物は皆無である。良くもこれだけ保存もせずに壊したものだと別な意味で感心する。孫子の代に“福島市は歴史に包まれた街”と言わせられるような市役所、いや、建造物を我々の時代に残してやろうじゃないですか!(05/4/13)


INDEX ≫ 1page