大学と企業を結ぶ「友の会」を発足
 〜福島大学地域支援センター〜
企業技術の活用方法と方向性を支援

 昨年9月、福島市にある丸果中央商事(新関昌一社長)が、産学官連携で完成させた上鳥渡食品工場は、建設業界にも新たな一石を投じて話題となった。これまでの建設業者は箱モノだけを受注するのがほとんどだが、工場を受注した福島市の青柳工業は、福島大学と福島市を取り込んで、「カット野菜の殺菌浄化システム」を開発した。それによって工場内部のシステム一切を受注したことで、受注量もアップしたばかりか、産学官連携によって得たノウハウは大きい。
 公共事業の削減や民間工事の減少などで、建設業者の受注量の確保にも黄色信号が点滅する昨今、何とか受注量を伸ばしたいが、建設業者が工場などの建築工事を受注する際は、上屋建築だけを受注するが一般的である。だが内部工事にも手が出れば、工場丸ごと受注できる。そこに産学官連携の意味が存在する。同工場内も野菜の殺菌浄化に化学薬品を使わない方法を選んで、天然水と活性水素水、オゾン水を導入するすることを決めた。それを科学的、効果的な作業工程の立証が不可欠なことから、福島大学の産学連携コーディネーターの八代勉氏(=写真)に作成プランを依頼することで、大学教授らの協力を得て研究を重ねて完成させたという経緯がある。建設業者が産学官連携に加わることで新たな事業創出が可能になるという手本でもある。

 八代氏は日本ビクターから2002年2月に福島大学の産学連携コーディネーターに就いて2年目の春を迎えた。「今年も引き続き民間企業との共同研究、ベンチャー企業支援などに力を入れて取り組みたい。また今年は地域創造支援センターを母体とした『友の会』を発足させ、大学の教官を交えた共同研究を進めたい」と4月5日の取材で抱負を語った。また、「企業がもっと自由に産学官連携に取り組みが出来るようにセミナーや講演を行っていきたい」とも語った。八代氏は就任早々、同大学地域創造支援センターが発行する『CERA』(2002年3月no2)に『大学と企業を結ぶもの』と題するコラムを載せているが、「大学をもっと身近に感じるためにも参考にして欲しい」と話した。

 

大学と企業を結ぶもの

                        地域創造支援センター
                         産学連携コーディネーター
八代勉

 「大学と企業を結ぶもの」という題を頂きましたが、まさに「地城創造支援センタ一」がそれにあたるものと考えられます。ご承知のように、社会的な要請として国内の各大学は産学連携による技術移転という大きな命題を与えられ、かつ期待もされております。
 しかし、この命題をどう解決していくかという事に各大学の力量が問われている状況にもなっております。このような時期、私が産学連携コーディネーターとして、参加できることは大変幸せであると同時に重い責任を感じております。
 さて、各大学はそれぞれ、工夫を凝らして産学連携の仕組みを構築しつつありますが、以下に、これまでの経験を踏まえながら、私なりの考え方を述べさせていただきたいと思います。
 現在の日本は不景気のどん底にありますが、10数年前のアメリカも、現在の日本と同じように、極端な不景気の中で、工場閉鎖、倒産が相次ぎ、リストラによるホワイトカラー失業の時代がありました。私はこの時期、企業の海外進出をきっかけに米国の州立大学との共同研究に取り組む機会を得ました。大学側は今の国内の大学と同じように、構造改革の最中にあり、産学連携という新しい柱を立てる事が求められていましたので、私たちとの共同研究はその試金石と言う感じで、大学側の気配りは大変なものでした。具体例は省略しますが、その基本には産学連携の主役は地域であり、企業であるという考えが徹底しており、大いに見習うべき点であると思いました。

 ところで、福島大学の場合、工学部がないので、そのまま、私の経験を適用することは出来ません。多くの大学が自然科学をベースにした技術開発主体の共同開発を進めている中にあって、福島大学は社会科学的なアプローチによって、新しい産学連携のあり方を示す必要があると思われます。
 考えてみれば、開発行為の背景には社会的な二一ズが最初にあります。マーケットイン的なアプローチに基づく企画はまさに、社会科学的な視点ではないかと考えられます。その企画提言を具体化するために、ソフト面およびハード面での研究開発が開始されますが、そこに民間企業の技術を有効活用する事が考えられます。現在の企業は先端的な枝術を持ちながら、その活用方法を知らないというケースが多く、そういう企業に新しい方向を見出してやるという事が今の産学連携に必要ではないかと考えております。

〈プロフィール〉
1965年3月福島県立安積高等学校卒
1969年3月東北大学理学部物理学科卒
1975年4月東北大学理学研究科博士課程修了:理学博士号取得
1973−1976年日本原子カ研究所研究員
1977−1982年理学電機M
1982−2002年日本ビクターM

■福島大学ホームページ

http://www.fukushima-u.ac.jp/
■青柳工業ホームページ
http://www.f-aoyagi.co.jp/index.html