ちょっと言わせて!

新聞社から印刷が消えること

「書く」「新聞」という共通な仕事を通して知り合ったKさん宅に伺ったある日、Kさんが最近いちばん憂いを抱いていたことに話しが及んだ。それは地元の経済誌に“地元新聞社が危うい!”と掻き立てた記事が載ったことだった。Kさんはその新聞社を長年勤め退職した。現役時代には文化面を長く歩いた人である。何十年も勤め上げたKさんにとっても降って湧いたような話しに驚いた。

 その真意はKさんも知る由もないが、話しから想像すると「どうも社員同士が社内でそんな話しをしているようだ」と言うことである。確かに親会社に「印刷」という部分を依頼したことから一挙に話しが社内で大きくなったのだろう。新聞社にとって「印刷」は経営の生命線である。その生命線がいまにも寸断されるとあっては社員もただごとではなかったはず。印刷部門社員の処遇もまたこの話題に弾みをつけたのだろう。経営陣が「印刷部門を無くしても良い」という判断を下したことは何を物語るのか。その答えはいずれ経営陣が明らかにすると思うのだが。

 いまや新聞社も銀行・保険会社などと同様に「潰れない神話」は崩壊した。すでに北海道の北海タイムス、栃木県の栃木新聞、茨城県の常陽新聞社も例外ではなく崩壊した。どの新聞社も経営者の「新聞」に対する姿勢が問われた。日夜、寝食も忘れ現場に飛び込む記者やカメラマンとそれを支える内部の社員たち。その全員の汗の結晶が「印刷」によって報われる。出来上がった新聞のインクの匂いとシワのない紙面に出会ってはじめて苦労は報われるのだが。

 70歳を越えたというKさんの書斎の机上には仕事にまつわる本や文献が所狭しと積み上がっていたが、筆と原稿に代わってパソコンが最もいい場所を占拠していた。「インターネットやメールもやってるんですか?」と聞くとKさんは、照れるような素振りで「ワープロ並の使い方しかできないんですけど、いずれやらないと遅れてしまいますよね」と返した。新聞社もいまやマルチメディアにその座を奪われようとしている。人力車がタクシーに、ラジオがテレビに、家庭電話がケータイに取って代わられたように、時の流れはそれを物語っている。新聞社から「印刷部門がなくなる」ことは「時という流れ」という大舞台の序幕が開いたに過ぎないのかも知れない。(2003.4.25)